“楽しい、おもしろい!”は挑戦をドライブさせる力。
ベターアンサーを積み上げたところに、成果が実る。
私が着目したのは、生体吸収性に優れる非晶質リン酸カルシウム(以下ACP)。スパッタリング法という従来の方法に代わる技術によって、生体用デバイス上にサブミクロンオーダーの薄く均一なACPコーティング膜をつくり、それが生体内外でどう振舞うかの評価を行っています。実は「非晶質」というのは非常にユニークな物性を発現する材料であり、その解析の難しさで知られています。とらえどころのない存在を相手にするチャレンジングな取り組みです。生体外の評価については、体液と類似した溶液中で実験を行い、基板との密着性や、溶解性・生体吸収性を確認しています。
生体内での評価は、本学歯学研究科との共同研究によって、動物への埋入実験を行っています。それによるとACPコーティング膜は埋入2週間後に完全に溶解し、カルシウムとリンの働きにより骨形成能が向上していることがわかりました。生体材料が実際に医療の現場で採用されるまでには、安全性や信頼性、効果の検証など非常に長い時間を要しますが、この実験の結果は社会実装に向けた確かな一歩になったと感じています。
生体材料の研究は、医学・歯学・薬学系といった異分野の研究者との協働によって進められていきます。その際、まず乗り越えなくてはならないもののひとつに「言葉の壁」があります。お互いに日本語を話しているのに?と不思議に思われるかもしれませんが、これは共同研究“あるある”として知られています。同じ意味のことを表現するのに、(研究ジャンルが異なると)採用する言葉が違うのです。戸惑うこともありますが、興味深くおもしろいと感じることのほうが多いですね。違いを認め合い、バックグラウンドを学び理解していく過程は、まさに異文化融合です。
元はといえば、国語や社会が好きで弁護士という道も考えていた私が、今こうして金属系生体材料の研究に没頭しているのですから、人の進路はたくさんのチャンスに綾なされていると感じずにはいられません。人生は選択の連続です。岐路に立った時、私が持ち出す基準が“おもしろそうか、そうではないか”です。おもしろい!という感懐は、課題解決をドライブさせ、挑戦を前に進める原動力になります。シビアに成果を求められる研究の世界であればなおさらのことです。
しかし、自身の道のりを振り返れば、すべてが順風満帆だったわけではありません。書き上げてみれば、首尾よくいったことよりも、思い通りにいかなかったリストのほうが長い列をつくるはずです。とりわけ研究(実験)がそうですね。予想した通りの結果が出ることは稀で、なかなかうまくいかない。それでも失敗を繰り返すうちに、小さな発見がもたらされることがあります。それが積み重なることで、より大きな意味のある発見につながっていきます。研究に必要なものは気力・体力(耐力)・胆力、これは私の経験が教えてくれることです。
人は、ひとつの人生しか生きられず、時間は有限で、全ての可能性を試すことはできません。ベストアンサーを追い続けることも大事ですが――そしてその姿勢は尊いものですが――ベターアンサーを積み上げていくことも大切なのではないかと思います。もちろん妥協とは違います。どんな状況下でも、楽しみを見出し、コツコツと地道に取り組むその先に、成果が実ると信じています。
(図/写真2)TEM(Transmission Electron Microscope:透過型電子顕微鏡)でみた非晶質リン酸カルシウム(ACP)コーティング膜の様子。RFマグネトロンスパッタリング法によりチタン基板に形成された薄膜は、均一に密着していることがわかる。