世界最強のネオジム磁石に代わる磁性材料を。
ターゲットはSm-Fe-N磁石、その可能性に切り込む。
快適・便利・安全な社会や暮らしを支える“材料の力”。それを具現しているものに「永久磁石」があります。スマートフォン、携帯電話、タブレットなどのスマートデバイス、パソコン、デジタルガジェットに始まり、テレビ、電子レンジ、冷蔵庫、エアコン等々、私たちが日常で使う電化製品のほとんどに永久磁石が使われています。自動車1台には、100個超の永久磁石が組み込まれているといわれます(各種モータ、センサとして)。これらの製品の高出力化、小型化、省電力化などは、永久磁石の性能に依存するといっても過言ではありません。特にこれからの脱炭素社会に向けてガソリン車を代替していくとみられるハイブリット自動車、電気自動車、燃料電池自動車の開発の現場では、さらに高耐熱で磁気特性に優れた磁性材料への要求が高まっています。永久磁石は、未来技術、イノベーションを加速させるキープレイヤー、コア技術でもあります。
永久磁石とは、エネルギーを全く消費することなく、自発的かつ定常的に安定して磁場を発生させる材料です。その歴史は古く、天然に(落雷で地表に流れた大電流などにより)磁化された「磁鉄鉱」が、紀元前から世界各地で広く用いられていたことがわかっています。人工的な磁性材料の歴史に大きな楔を打ち込んだのが、1917(大正6)年、本多光太郎博士(東北帝国大学、現東北大学)による「KS鋼」の発明です。永久磁石の分野では日本人が大いに活躍・貢献しており、1980年代前半、佐川眞人博士らが「ネオジム磁石(Nd-Fe-B焼結磁石)」を創製することでブレークスルーを迎えました。ネオジム磁石は今もって世界最強の永久磁石であり、私たちの研究室でも多くの成果を挙げてきました。もちろん今でも、飽くなき探究を続けている研究ターゲットです。
エレクトロニクス界のゲームチェンジャーとなったネオジム磁石にも課題があります。高温環境において保磁力が減少するという性質があり、それを補うためにジスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)という重希土類元素(重レアアース)を添加しています。これらの元素は、産地が極端に偏在し、調達にはリスクを抱えています。ハイブリット自動車用駆動モータ(内部温度200℃程度)など、耐熱性の高い永久磁石の需要を受け、重希土類元素フリーの新磁性材料の開発が待ち望まれています。
私が注目したのは、サマリウム-鉄-窒素系(Sm-Fe-N)磁石です。ちなみにこの磁石も日本人(入山恭彦博士ら)によって1980年代後半に発見されています。「サマリウム」は希土類元素の一つです。希土類元素は、同じ鉱石中に混在して産出されることが多く、単独の元素を分離精製するのが難しいのです。ゆえに埋蔵量の多寡にかかわらず希少(rare:レア)なのですが、サマリウムは単離が比較的容易で、価格もリーズナブルであり、レアアースの中でも余剰元素となっています。
サマリウム-鉄-窒素系磁石は、ネオジム磁石以上の保磁力と高耐熱性を有する磁性材料として期待されていましたが、現在のところその活用は限定的です。サマリウム-鉄-窒素系磁石の課題や欠点に向き合い、潜在力(特性)を引き出し、可能性をカタチにするチャレンジングな研究・開発が始まりました。
(図/写真1)「(公社)日本金属学会の「若手研究グループ」(次世代高性能磁性材料研究グループ)の代表を務めています。様々な分野・領域の若手研究者が横断的にネットワークを形成し、課題と目標を共有して、インパクトある成果に結んでいきたいと考えています」と松浦先生。