時代を変える新しさは、常識の外にある。
~世界最強「ネオジム磁石」の発明者・佐川眞人博士インタビュー~
携帯電話・スマートフォンを始め、ハードディスクドライブ、エアコンや冷蔵庫などの家電、電気自動車、ドローン、医療機器、風力発電機…、私たちの快適で便利な暮らしを支えるデバイスや機器飛躍的な性能向上(小型・軽量化、高出力、省エネルギー)を実現させているキーマテリアルが「ネオジム磁石」です。この世界最強の永久磁石が実用されなければ、現在のIT社会の到来は、20~30年遅れていたのではないか、といわれる世紀の発見です。
ネオジム磁石の発見・開発の陰には、「希土類と鉄の磁石は、論理的に成立し得ない」とされていた1980年代初頭、世界の潮流に疑問を持ち、自らの発想を信じ、たゆまぬ思索と努力によって、永久磁石の趨勢を永久に変えた一人の研究者の存在がありました。佐川眞人博士。2022年には“工学界のノーベル賞”といわれるエリザベス女王工学賞を受賞、次期ノーベル賞の候補として注目を集める佐川博士のインタビューをお届けします。
科学者への憧れ。大学院での挫折、そして磁性材料との出会い。
小学校1年生の時、湯川秀樹博士が日本人として初めてノーベル賞(物理学賞、1949年)を受賞されました。父が新聞記事をわかりやすく読み聞かせてくれ、科学者や研究者がどのように世の中に貢献しているのかをわかりやすく教えてくれました。科学者という存在を知ったその時から将来の道として強く意識するようになりました。家族には「大きくなったら科学者になる」と言っていたそうです。今となれば幸いにも初心貫徹となりましたが、その道程は、紆余曲折と無縁ではありませんでした。
神戸大学大学院博士前期課程(電気工学)を修了後、東北大学大学院博士後期課程(金属材料工学)に進学しました。ここでは固体表面の腐食・メカノケミストリーなどについて研究をしました。そうです、元はといえば磁性材料が専門ではなかったのです。
東北大学大学院時代は、とにかく一生懸命に勉強しました。所属していた研究室を飛び出して、磁気物理、電子回折、固体物理など、興味を持った講義を聴講し、実験をし、たくさんの文献に当たりました。この時期、広く深く学んだことには自負があります。大学では通常、学生が他の研究室に頻繁に出入りすることは許されることではないらしいと後になって知ったのですが、指導教官だった下平三郎先生はとても寛容な方でお目こぼしをいただいていたように思います。
しかし、考察と実験を積み重ねた私の取り組みは、研究成果に結びつけることができず、大学に残ることがかないませんでした。学究の道を断たれ、非常に残念でしたし、落胆もしました。敗北感と表現しても過言ではなかったですね。下平先生の紹介で、富士通(株)の研究所で働くことになりましたが、希望を抱くことができませんでした。その頃の日記には、「自分は、一生、何も成し遂げられずに終わるのではないか」という不安が綴られています。しかし、ここで「ネオジム磁石」に通じる磁性材料と出会うことになるのですから、人生、何があるかわかりません。
とらわれのない目でみつめる。“非常識なアイデア”をもとに新しい材料の探究へ。
富士通研究所では、当時最強とされていたサマリウム-コバルト(SmCo)磁石の研究が課せられました。フライングスイッチに使われていたサマリウム-コバルト磁石は、耐久性が課題となっており、私には「磁気特性を変えずに、機械的強度を改善・向上させよ」というテーマが与えられたのです。
これは難しい研究課題でした。その上、磁石に取り組むのは初めてです。しかし、やるしかありません。それからは寸暇を惜しんで勉強、勉強。研究のことが頭から離れることはなかったですね。しかし、まったく苦ではありませんでしたし、何といっても面白い。アイデアが浮かんだら実際にサンプルをつくって、VSM(振動試料型磁力計)で評価する、データを注意深く見つめて、次の構想につなげる。学ぶことが独学ならば、実験装置も自作です。創意工夫、実験の要領、研究者マインド…大学院で養ってきたことが、ここで大いに発揮されることになるのです。
新参者の良いところは、とらわれのない視点をもっていることです。サマリウム-コバルト磁石の研究を続けるうちに「どうしてコバルトなのだろう」という疑問がわいてきました。当時、資源としてのコバルトは政情不安定な国に偏在しており、安定確保といった面からも懸念がありました。私の頭の中には次第に「希土類と鉄で永久磁石ができないのだろうか」という考えが占めるようになりました。鉄は安価で資源量も豊富です。コバルトよりも磁気モーメント(磁気の作用を表す量、磁気能率)が高く、鉄を主体とした強力な磁石ができれば、社会や産業界に大きく寄与するはずです。しかし、キュリー温度(磁気が失われる温度)が低い希土類・鉄は、磁石としての可能性がないと世界中の研究者の誰もが考えていました。
私は研究の“裏テーマ”として、密かに希土類・鉄磁石を掲げました。アイデアを練り上げ、就業時間外に実験をしてみましたが、なかなかうまくはいきません。そんな折、大きなヒントを得られる機会がありました。
トップ交代。従来の2倍の磁力を誇る“新・真”世界最強・ネオジム磁石、誕生。
1978年1月、『希土類磁石の基礎から応用まで』(主催:現在の物質・材料研究機構、NIMS)と題して開催された講演会で、登壇された東北大学の浜野正昭先生が、希土類と鉄の化合物が磁石にならない理由について、ほんの数分でしたが説明されました。それは「鉄と鉄の原子間距離が短すぎるので、結晶の磁性状態が不安定になる」というものでした。私は「それならば炭素(C)やボロン(B)など、原子半径の小さいものを加えれば、鉄と鉄の間に入り込み、原子間距離が広がるのではないか」と思いついたのですね。早速、次の日からアーク溶解炉で合金をつくり、磁力計測やX線回析を繰り返しました。実験は大好きですし、得意でもあります。ネオジム(Nd)-鉄(Fe)-ボロン(B)の組み合わせが磁石として有望だという手応えを得たのは、講演を聞いた1年後のことでした。
一方で、“表テーマ”であるサマリウム-コバルト磁石の機械的強度を向上させる研究は、開発目標を達成し、論文に編みました。他方で、ネオジム-鉄-ボロンに大きな可能性を感じていた私は、研究を継続したいと訴えたのですが、ハイテク分野に注力したい会社の方針と相容れるものではありませんでした。そこで新天地を求めて、10年間勤めた会社を後にしました。
私の新磁石の構想に賛同し、迎え入れてくれたのが住友特殊金属(株)(現・日立金属(株))です。転職して間もなくの1982年5月、ついに世界最強の磁気特性を持つネオジム-鉄-ボロン磁石を生み出しました。それまで最強だったサマリウム-コバルト磁石の約2倍の磁力を誇ります。
多くの優秀な人材(研究員)、豊富な実験装置・器具など、住友特殊金属が整えてくれた研究環境の下、開発が加速し、1985年には量産化にこぎつけました。一つの発明品の工業化という意味では、とても早いケースだったと思います。ネオジム磁石の世界の年間生産量は、2000年には約1万トンでしたが、2021年には15万トンを超えました。新しい永久磁石の出現を期待する声もありますが、しばらくはネオジム磁石の活躍が続くのではないでしょうか。
現在、世界で使われる全電力量の40~50%をモーターが消費しています、モーターの性能は磁石に依存しますから、小型・軽量化、高効率化などは磁石の力にかかっています。コンピューターのハードディスクドライブ、医療機器のMRI(磁気共鳴画像診断)、ハイブリット自動車や電気自動車などは、ネオジム磁石がなくては製品として成り立ちません。さらにエアコン、風力発電機、エレベーターなどに使われ、性能アップ、省エネルギー、低騒音、省スペースなどを達成しています。とても身近なものとしては携帯電話やスマートフォン、小型イヤホンにも欠かせない材料です。多くの国と地域がカーボンニュートラルという目標を掲げる中、ネオジム磁石は他の材料が果たし得ない大きな役割を担っているのです。
自分の頭で考え抜く。目指すものは“今”の知見や技術からは見えない。
「コバルトではなく、鉄と希土類を組み合わせた磁石を」――先に述べた通り、この着想は当時の磁性材料研究のメインストリームから遠くかけ離れたものでした。しかし、私は自分の頭で考えて考え抜いたアイデア、独自性へのこだわりがありました。その背景には大学院時代の苦い経験があります。博士課程での研究は、大きな成果を挙げることができなかったのですが、その原因の一つとして「権威にとらわれていた」ことがあったのではないかと自己分析しているのです。著名な先生が発表されていることや、推し進めている研究を追いかけてばかりいました。模倣をし、それは報われませんでした。決して真似をしてはいけない、というのは自分自身に対する戒めです。
材料研究者として大切なことは、考え抜いた先に生まれたアイデアを、実際に形にしてみることです。私は、毒性のない材料でしたら、手で触ってみて、五感で確認をします。材料の本質に迫りたいという強い思いがあるからです。サンプルをつくり、慎重に評価して、その結果を基にさらに熟考する…ターゲットに向かって、探究を繰り返していきます。しばしば研究は、試行錯誤の連続、いばらの道などと表現されることがありますが、私は苦しいと思ったことは一度もありません。楽しいという気持ちが、研究の原動力になっていきました。
近年、AI、機械学習などの情報科学を活用して材料開発を行うマテリアルズ・インフォマティクスが注目されています。確かに開発の効率化・スピードアップが果たされると思いますが、新規的な着眼・発想・独創といった研究の種子を生み出せるのは、人間だけではないだろうかと考えています。未来を創るのも人間です。若いみなさんには、次の時代、例えば10年後にはどんなことが人々や社会に必要とされるのかを考え、まだ誰も手掛けていない、これから花開きそうなテーマに挑戦してほしいと願っています。既成概念や常識とされることに縛られず、柔軟な姿勢で取り組んでください。自分自身で広く深く考え抜き、その中から生まれてくるものを大事にしてほしいと思います。
「希土類-鉄磁石」時代へ。ロボットの世紀を引き寄せる磁石の力。
ネオジム磁石の発明により、希土類-鉄-Xという三元合金磁石という、それまでにはなかった研究分野が開拓されました。新しい研究の「核」が生まれたのです。私はこれをNucleation(核形成、ニュークリエーション)と名付けています。研究分野が発展していく過程がGrowth(成長)です。これまでになかった特徴を持つ新材料は、産業界や社会に大きなインパクトを与えます。研究者の方たちには、ぜひ新分野の創出、「核」のnew creationに挑んでほしいと願っています。
材料が私たちにとって根源的に重要であることは、文明の段階を表現するために名付けられた時代区分からも明らかです。石器時代、青銅器時代、鉄器時代…どの時代も新しく発見・発明された材料が、進化をもたらしました。材料科学の飛躍的な進歩によって情報革命が進展した20世紀はシリコン(ケイ素)の時代といわれます。シリコンは、電子製品のほとんどに搭載されている半導体の製造に欠かせない材料です。
さて、これからの時代は、どんな材料の名を戴くのでしょうか。そのキープレーヤーはロボット。今後、産業用ロボットや協働ロボットだけではなく、医療・介護、清掃、余暇活動など、私たちの日常を支援するサービスロボットもどんどん登場し、生活の中に浸透していくことは想像に難くありません。2050年にはロボットが人間の数よりも多くなる、その数300億台に達するという未来予測もあります。ロボットの駆動部には、永久磁石が不可欠ですから、近未来は「希土類-鉄磁石」時代になるのではないかと私は考えているのです。Aiming at The Rare Earth Iron Age――これからを担う若い研究者と共に、未来技術をつくる、そして持続可能な社会に必要とされる希土類-鉄磁石を探究し続けていきます。
略歴
- 1966年3月
- 神戸大学工学部電気工学科卒業
- 1968年3月
- 神戸大学大学院修士課程(電気工学)修了
- 1972年3月
- 東北大学大学院博士課程(金属材料工学)修了 学位取得(工学博士)
- 1972年4月
- 富士通(株)入社(1982年5月退職)
- 1982年5月
- 住友特殊金属(株)(現・日立金属(株))入社(1988年2月退職)ネオジム磁石を発明
- 1988年3月
- インターメタリックス(株)設立 代表取締役就任(2012年6月退任)
- 2013年12月
- NDFEB(株)設立 代表取締役就任〈現任〉
- 2016年10月
- 大同特殊鋼(株) 顧問就任〈現任〉
- 2017年4月
- 日本電産(株) 顧問就任(2019年3月退任)
- 2017年4月
- 京都大学エネルギー理工学研究所 特任教授就任(2019年3月退任)
- 2019年10月
- 東北大学特別招聘プロフェッサー称号授与〈現任〉
- 2019年10月
- 中国鉄鋼研究総院 客員教授就任〈現任〉
- 2022年7月
- 名城大学カーボンニュートラル研究推進機構シニアフェロー就任〈現任〉
受賞歴
- 1984年
- 大阪科学賞
- 1985年
- 科学技術庁長官賞
- 1986年
- 米国物理学会International Prize for New Materials
- 1988年
- 日本金属学会功績賞
- 1990年
- 朝日賞
- 1991年
- 日本応用磁気学会 学会賞
- 1993年
- 大河内記念賞
- 1998年
- Acta Metallurgica J.Hollomon Award
- 2003年
- 本多記念賞
- 2006年
- 加藤記念賞
- 2012年
- 日本国際賞
- 2016年
- 永守賞特別賞
- 2018年
- NIMS Award2018
- 2020年
- 日本金属学会賞
- 2022年
- エリザベス女王工学賞Queen Elizabeth Prize for Engineering
- 2022年
- IEEE Medal for Environmental and Safety Technologies