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研究成果

半導体における高効率スピン制御法の実現
- スピン軌道ロッキングを用いた新たなスピン回転制御 -

【発表のポイント】

  • スピン緩和の抑制と効率的なスピン制御を両立する新たな原理を実証
  • スピン軌道ロッキングを用いたスピン回転制御
  • AI・IoTや量子コンピューティングに必要となる高速・低消費電力素子への期待

【概要】
国立大学法人東北大学大学院工学研究科好田誠准教授、岡安孝典氏(博士前期課程修了)、新田淳作教授らの研究グループは、スピン軌道ロッキングと呼ばれる新しい原理を用いて、スピン緩和を抑制しながら高速にスピン回転制御できる手法を確立しました。

半導体において電子スピンを回転制御することは、量子コンピューティングや省電力集積回路を実現する上で基盤技術となります。しかし、電子スピンが磁場の周りを歳差運動しながら回転すると、スピン緩和(※1)が生じるため、スピン情報が失われてしまう問題を抱えていました。本研究成果は、スピン緩和を抑制しながら効率的にスピン制御を可能にする新たな原理を実証しました。スピン軌道ロッキング(※2)を用いることで、常に電子スピンが有効磁場(※3)方向に揃いながらスピン制御できるためスピン緩和が抑制され、量子情報やスピントロニクスなどに大きく貢献することが期待されます。本成果研究成果は、2019年2月13日(英国時間)付けで、英国Nature Publishing Group(NPG)発行の科学雑誌「Scientific Reports」にオンライン速報版に掲載されました。なお、本研究は、独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業の助成を受けて行われました。

【研究背景】

電子スピンとは電子の持つ微小な磁石の性質のことで、量子コンピューティングや人工知能に必要なハードウエア開発において、この電子スピンを自在に操ることが重要な要素技術となります。電子スピンの方向制御には、これまで外部磁場や物質内部に存在する有効磁場の周りでスピンを回転運動させる方法が用いられてきました。しかし、多数の電子スピンが回転運動すると、互いの周期が僅かに異なることでスピン情報が失われるスピン位相緩和を避けることができず、量子コンピューティングを実現する上でのボトルネックと考えられてきました。よって、スピン緩和を抑制しながらスピン制御を実現することは困難であると考えられてきました。

【研究成果】
図1に本研究で用いた素子構造を示します。InGaAs半導体量子井戸を用いたナノトランジスタ構造を作製し、弱い面直磁場を印加しながら電流を流しました。ソースから出た電子は、サイクロトロン運動により、円軌道を描きながらドレインに流れます。この時のスピン方向を示したのが図2です。物質内部に存在する有効磁場と平行に揃った電子スピンは、円軌道を描きながらスピン方向を180度回転させ、ドレインに到着します。この時、電子スピンは常に有効磁場方向を向いており、スピン歳差運動は生じません。この様な、軌道運動とスピン方向が結合する状態のことをスピン軌道ロッキングと呼びます。常に電子スピンが有効磁場と平行であるため、スピン位相緩和が抑制された状態でスピン回転操作を実現することができます。図3にドレインを流れる電流の伝導度の磁場依存性と理論計算結果を示します。電子スピンが揃った状態では伝導度の増大が観測され(図3赤〇)、理論計算とも良い一致を示します。このことから、スピン軌道ロッキングを用いることで、スピン位相緩和を抑制しながらスピン回転制御が実現できる新たな手法を実現しました。今後、量子コンピューティングや人工知能で用いられるスピントランジスタの原理として期待されます。

図1 作製したInGaAsナノトランジスタ構造

図1 作製したInGaAsナノトランジスタ構造

図2 ナノトランジスタを流れる電子スピン方向とスピン制御手法

図2 ナノトランジスタを流れる電子スピン方向とスピン制御手法

図3 スピン偏極電流とスピン無偏極電流において観測されたドレイン電圧の外部磁場依存性の実験結果(左)と理論計算(右)。スピン偏極状態の時のみ信号増大が観測され、理論計算とも良く一致する。

図3 スピン偏極電流とスピン無偏極電流において観測されたドレイン電圧の外部磁場依存性の実験結果(左)と理論計算(右)。スピン偏極状態の時のみ信号増大が観測され、理論計算とも良く一致する。

【用語説明】

※1) スピン緩和
電子スピンの向きを一方向に揃えても、ある一定の時間を経るとスピンの向きが変化してしまうこと。スピンは保存量でないために、スピンの向きを揃え保持することが難しくばらばらになってしまう。そのため、スピンを情報担体に用いるときには、このスピン緩和が大きな障害となる。

※2) スピン軌道ロッキング
電子の運動方向に対して、それと垂直方向のスピンが常に安定になる状態のこと。電子の運動方向(軌道)が決まれば、安定化するスピンの向きが決まるためスピン軌道ロッキングと呼ばれている。

※3) 有効磁場
電子スピンが電界中を高速に運動することにより、電界が有効な磁場に変換される相対論的効果。外部磁場や強磁性体を用いることなく、電子スピンに対して有効的に磁場を与えることができる。