ニュース

研究成果

カーボンより黒いのに電気を流さないセラミックス薄膜を開発 - タッチパネルで高級感のある黒色が実現可能に -

発表のポイント

  • 両立が難しい光学的黒さと高い電気抵抗を実現したセラミックス薄膜を開発
  • IoT・家電・車載機器などのタッチパネルで高級感の漂う黒色を表現可能な新素材

概要

タッチパネルはスマートフォンなどに用いられ、情報化社会に不可欠なデバイスです。東北大学大学院工学研究科の博士課程後期1年山口実奈、高村仁教授らの研究グループは日本電気硝子株式会社との共同研究により、タッチパネルを高性能化する真っ黒でありながら電気を流さないセラミックス薄膜の開発に成功しました。従来、黒色と電気的絶縁性の両立は困難でしたが、この薄膜はカーボンよりも黒く、同時に金属より約100万倍大きい電気抵抗を示します。この薄膜は電源オフ状態で高級感のある真っ黒な外観のタッチパネルが実現できるため、家電製品や車載機器への応用が期待されます。

図1 黒いのに電気を流さないセラミックス薄膜の外観と電子顕微鏡写真.

図1 黒いのに電気を流さないセラミックス薄膜の外観と電子顕微鏡写真.

【研究の背景と課題】

タッチパネルはスマートフォンやパソコンなどに使用されていますが、IoT(注1)の進展に伴い、 IHクッキングヒーターなどの家電や自動車のインスツルメントパネル(通称インパネ)など、その応用範囲はますます広がっています。タッチパネルは、ディスプレイ、タッチセンサー、反射防止パネルの3つから構成され(図2a)、ITO(注2)に代表される透明導電薄膜などの機能性材料が使われています。タッチパネルは電子機器の最も外側にくる商品の「顔」なので、そのデザイン性は重要です。そのデザイン性は反射防止パネルにより決まりますが、通常の反射防止パネルは透明なので電源オフ状態ではディスプレイの外部からの光が一部入射・反射し、内部が透けて見えてしまいます (図2a)。そこで、この部分を黒くできれば、電源オフ状態で高級感のある漆黒のタッチパネルとなります(図2b)。しかし、この材料には黒さに加えて、指がタッチしている場所を静電気で特定するために電気を流さない性質が同時に求められるためその実現が困難でした。なぜなら、一般に黒い材料は電気をよく流し、黒さと電気抵抗はトレードオフの性質となるためです。

図2 (a) 従来型と (b) 高デザイン性のタッチパネル.

図2 (a) 従来型と (b) 高デザイン性のタッチパネル.

黒い材料といえばカーボンですが、カーボンはやはり電気をよく流します。そこで電気を流さない樹脂とカーボンを混ぜた材料も開発されてきましたが、樹脂が透明なためその吸収強度は大きく下がります。近年では表面の凹凸を利用してあらゆる光を強く吸収する黒色材料も開発されていますが、反射防止パネルでは平滑な表面が求められるためこの方法を用いることはできません。よって、光を強く吸収する性質と電気を流さない性質を新しいメカニズムで両立する材料を開発する必要がありました。

【研究のポイント】

本研究グループでは様々なセラミックス薄膜をパルスレーザー蒸着法(注3)により合成しその光吸収特性を調査してきました。そして今回、金属とナローギャップセラミックス(注4)からなる複合体が可視光全域を強く等強度に吸収し、かつ、電気を流さない特性を示すことを発見しました。特に、金属として銀 (Ag)、ナローギャップセラミックスとして酸化鉄 (Fe2O3) を用いた場合では、膜厚が同じならカーボンより強く等強度な可視光吸収を示しながらも (図3)、一般的な金属と比較して約100万倍の電気抵抗(シート抵抗として108 Ω)が発現しました。

図3 開発したAg-Fe2O3複合膜とカーボンの可視光吸収スペクトル.

図3 開発したAg-Fe2O3複合膜とカーボンの可視光吸収スペクトル.

この材料で可視光を強く吸収する性質と電気を流さない性質が両立されたメカニズムには、原子レベルで金属がセラミックス中に分散されたことが大きく関係しています。この状態はとても不安定であり、通常はすぐに完全に分離・成長します。しかし今回開発した材料の電子顕微鏡写真 (図1) からは、数ナノメートルサイズの金属銀粒子 (小さな球状の白色部)と酸化鉄セラミックス (暗灰色部) の間に、それらが原子レベルで混合された中間状態の部分 (明灰色部) がはっきりと確認できます。これは、この材料が金属とセラミックスに完全に分離するには不十分な温度で合成されたためです。この分散状態の実現により、銀が60 mol%という高濃度でも金属銀粒子同士が接続されず、電気が流れにくくなります。更にこの分散状態は、金属部分が担う可視光長波長側の吸収とナローギャップセラミックスが担う可視光短波長側の吸収をどちらもアシストするため、可視光全域を強く吸収する性質が発現します。

【今後の展望】

今回開発された電気を流さない黒色セラミックス薄膜の実用化には今後1〜2年が見込まれ、高級感あふれる黒いタッチパネルの実現が期待されます。さらに、本材料を液晶ディスプレイのカラーフィルタに使えば、映画・ゲームなどで多用される暗い色の表示がより美しくなることも期待されます。また、酸化物中にナノスケールで分散された金属ナノ粒子の新たな機能性、例えば抗菌性や電極特性などにも興味が持たれます。学術的には、原子レベルで金属とセラミックスが複合化された材料の新たな光学機能に関する研究の発展が期待されます。

この成果は2020年6月2日に国際学術誌physica status solidi (RRL) - Rapid Research Lettersにオンライン掲載されました。

論文情報

題目:Optically Black and Electrically Insulating Ag–Fe–O‐Based Thin Films for Touch Panel Displays
著者: Akihiro Ishii, Mina Yamaguchi, Itaru Oikawa, Yusuke Yamazaki, Masaaki Imura, Toshimasa Kanai, Hitoshi Takamura
雑誌名: physica status solidi (RRL) - Rapid Research Letters
URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/pssr.202000160
DOI: 10.1002/pssr.202000160

【用語説明】

注1 IoT
Internet of Thingsの略で、様々な身の回りのものがインターネットに繋がること。

注2 ITO
インジウム–すず系酸化物(Indium Tin Oxide)の略称であり、代表的な透明導電性酸化物。近年ではIGZO(Indium Gallium Zinc Oxide)なども注目されている。

注3 パルスレーザー蒸着法
ナノメートルの厚さを持つセラミックス薄膜を作製する方法の一つ。薄膜の元になる材料に強力なパルスレーザー光を照射しその表面を瞬間的に蒸発 (プラズマ化)させ、それを基板に集めて薄膜を作製する。

注4 ナローギャップセラミックス
ナローギャップセラミックス: セラミックスのうち黄色や赤色、黒色を呈する一群のこと。この物質群では、電子が有する最高エネルギーと電子が存在していない最低エネルギーの差が狭い。