発表のポイント
- 半導体中における長い持続時間を示す電子スピン波の発見
- これまで研究が進められてこなかった結晶方向でスピン波が最も安定
- AI・IoTや量子コンピューティングに必要となる超省電力素子への期待
電子がもつ磁石の性質であるスピンを利用した次世代スピントランジスタは、従来のトランジスタと比較し、消費電力の大幅低減が期待されています。この時、スピンが向きを揃え一斉回転しながら空間伝搬するスピン波は、半導体中のスピン回転制御やスピン情報輸送手段として必要不可欠です。
東北大学大学院工学研究科・高等研究機構新領域創成部(FRiD)の好田誠 准教授らの研究グループは、ヴィクトリア大学ウェリントン(ニュージーランド)と協力して、新たな情報担体として期待されている半導体のスピン波(※1)が、従来よりも長時間持続できる結晶方向(※2)を発見しました。本研究ではスピン波が伝搬する結晶方向を適切に制御し、内部磁場の影響が最も抑制できる結晶方向を理論的に明らかにしました。その結果、従来と比較しスピン波が30%も長寿命化することを突き止めました。
本研究の内容は6月15日(米国時間)に、米国物理学会の学術誌「Physical Review B」にて掲載され、Editor’s suggestionに選ばれました。
今日の情報通信社会において扱う情報量は爆発的に増大しており、高効率な情報処理に向け、量子コンピュータやAI技術をはじめとした様々な技術競争が世界各国で行われています。これらの技術を支える半導体トンラジスタの省電力化や高速化は素子の微細化によってなされてきましたが、近年では微細加工のみによる性能向上は限界に達しています。このような状況を打破するために、電子のもつ微小な磁石の性質であるスピンの回転制御を利用した超省電力トランジスタ素子(スピントランジスタ)が提案されています。スピンの回転制御手法の一つとして、スピン波(図1)が有用であることが知られていますが、結晶内部に生じる磁場によってスピン波が時間とともに崩されてしまうことが長年問題となっていました。スピン波の持続時間が長いほど、より効率的な情報処理や長距離情報輸送が可能になるため、スピン波の長寿命化は半導体スピントロニクスや量子情報処理において必要不可欠なものです。
東北大学大学院工学研究科・高等研究機構新領域創成部(FRiD)の好田誠 准教授、新田淳作 教授、飯笹大介 大学院生の研究グループは、ヴィクトリア大学ウェリントン(ニュージーランド)と協力して、新たな情報担体として期待されている半導体のスピン波が、従来よりも長時間持続できる結晶方向を発見しました。
本研究では、ヒ化ガリウム(※3)(GaAs)をはじめとした半導体を20ナノメートルほどの薄さにすることで、電子の運動方向を3次元から2次元へ制限した構造(図2)を考え、ここで発現するスピン波の持続時間を調査しました。スピンは磁石であるので、余計な磁場に対して高感度に反応し、向きが予期せぬ方向へ動いてしまいます。そのため、スピン波は、結晶内に存在する微小な磁場である、高次ドレッセルハウス磁場(※4)の強さによって持続時間が決定されてしまいます。この影響の排除は難しく、微小な磁場を弱める手法さえ確立されてきませんでした。本研究では、高次ドレッセルハウス磁場の強さが、2次元に閉じ込める際の結晶方向に依存することに着目し、結晶方向を自在に制御することで(図2)、スピン波に対する高次ドレッセルハウス磁場の影響を飛躍的に抑制することに成功しました。図3はスピン波の時間変化をシミュレーションしたものです。時間とともにスピン下向き(※5)を表す青色部分とスピン上向き(※5)を示す赤色部分が薄くなり、高次ドレッセルハウス磁場によってスピン波が崩れていることを示唆しています。スピン波の持続時間は長いほうが望ましいとされており、このスピン波持続時間の結晶方向依存性を計算した結果(図4)、これまで全く研究されてこなかった[225]結晶方向において、スピン波が最も安定化することが明らかとなり、保持時間が30%長くなることを突き止めました。この結果は、半導体におけるスピン波活用に向けて重要なマイルストーンとなり、IoTや量子情報処理で利用されるスピントロニクスデバイスの革新的省電力技術になると期待されます。
図1 電子スピンの向きが回転しながら秩序だって伝搬されていくスピン波のイメージ。スピン波は結晶内に発生する微小な高次ドレッセルハウス磁場によって向きが崩れてしまう。
仮定した半導体構造と電子運動の制限方向。薄さ方向を任意に選ぶことで、高次ドレッセルハウス磁場を制御できます。
スピン波の時間変化。青と赤の濃淡はスピン波の強度が弱く、スピンの向きがばらばらなっていることを示しています。
スピン波の持続時間の結晶方向依存性。従来すでに調査されてきた[001], [111], [110]方向を遥かに超える[225]結晶方向におけるスピン波持続時間。約30%もの長寿命化に成功。
Title:Enhanced longevity of the spin helix in low-symmetry quantum wells
Authors: D. Iizasa, M. Kohda, U. Zülicke, J. Nitta, M. Kammermeier
Journal: Physical Review B 101, 245417 (2020)
URL: https://journals.aps.org/prb/abstract/10.1103/PhysRevB.101.245417
DOI: 10.1103/PhysRevB.101.245417
※1 スピン波
電子のもつ磁石の性質であるスピンが、その向きを回転させながら空間伝搬する現象です。その名称は、スピンの向きが回転しながら波をつくる様子に由来しています。
※2 結晶方向
結晶は種々の原子から構成されており、その結晶内の配置を一意に取り決めている尺度が結晶方向となります。
※3 ヒ化ガリウム
ガリウム(Ga)とヒ素(As)から成る化合物半導体結晶を指します。
※4 高次ドレッセルハウス磁場
ガリウムとヒ素は結晶中でプラスとマイナスに帯電しており、その電場を原因として結晶内に現れる磁場を指します。
※5 スピン上向き・下向き
スピンは磁石でありN極とS極をもっています。図1のように矢印で表される方をN極とし、反対をS極としています。上向き、あるいは、下向き、とは便宜的にN極が向いている方向を指しています。
リンク先:
東北大学
東北大学 工学研究科・工学部