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研究成果

世界初!温度依存性のない鉄系超弾性合金を開発 − 極低温から200℃まで、宇宙でも超弾性 −

発表のポイント

  • 温度依存性がほぼなく、極低温から200℃まで超弾性が発現する超弾性合金の開発に成功した
  • 月や火星などの極限温度環境における弾性材料として利用できる
  • 住宅、ビル、高速道路などでの制震構造の実現が期待できる

概要

巨大地震後の建物や橋梁の残留変形を抑制する制震構造として、近年、超弾性合金を利用する研究が活発化しています。東北大学大学院工学研究科金属フロンティア工学専攻の大森俊洋准教授、Ji Xia大学院生らの研究グループは、強度の温度依存性がほとんどない鉄系超弾性合金(図1)の開発に成功しました。

開発した鉄系超弾性合金は極低温から200℃まで強度(応力)がほとんど変化せず、温度変化の影響をほとんど受けずに利用できます。激しい温度変化に曝される月や火星などで利用可能なほか、超弾性合金を用いた建築・土木制震構造システムの開発につながる成果です。

この研究成果は、2020年8月14日付の米科学誌Scienceに掲載されました。

図1.開発した鉄系超弾性合金の外観写真。

図1.開発した鉄系超弾性合金の外観写真。

論文情報

タイトル: Iron-based superelastic alloys with near-constant critical stress temperature dependence
著者: Ji Xia, Yuki Noguchi, Xiao Xu, Takumi Odaira, Yuta Kimura, Makoto Nagasako, Toshihiro Omori, Ryosuke Kainuma
掲載誌: Science, Vol. 369, Issue 6505, pp. 855-858
DOI: 10.1126/science.abc1590
URL: https://science.sciencemag.org/content/369/6505/855

研究背景

超弾性は、大きな変形を与えても力を除けば元の形状に戻る性質です(図2)。現在、主にニッケル-チタン合金が医療デバイスなどで利用されています。しかし、超弾性合金は温度が高くなると変形強度が高くなり、力学特性が安定しない欠点がありました。このことは、超弾性が発現する温度範囲が狭いことを意味します。ニッケル-チタン合金では、温度が1℃高くなると応力が約6MPa高くなり、材料組成を変化させても実用的に超弾性を利用できる温度範囲はおおよそ-20℃~100℃に限られます。

図2.一般の金属材料と超弾性合金の歪と応力の関係の模式図。一般金属材料では0.5%程度を超える歪を与えると、除荷後に歪が残るが、超弾性合金では数%から10%程度の変形を与えても、元の形状に復元する。

図2.一般の金属材料と超弾性合金の歪と応力の関係の模式図。一般金属材料では0.5%程度を超える歪を与えると、除荷後に歪が残るが、超弾性合金では数%から10%程度の変形を与えても、元の形状に復元する。

研究成果のポイント

今回、新たに見出した鉄系超弾性合金は、鉄を主成分とし、マンガン、アルミニウム、ニッケル、クロムを含む合金です。図3に示す通り、温度が変化しても強度(応力)がほとんど変化しない特徴を持っています。応力変動が50MPa以下に収まる温度範囲を図4に示しました。ニッケル-チタン実用合金では室温近傍の約8℃の範囲に限られますが、この鉄系超弾性合金では極低温から約400℃に渡ります。これは、地球上での温度範囲はもちろん、月や火星での温度範囲もカバーします。また、組成の調整により、通常の超弾性合金とは異なる傾向である、高温ほど強度が低下する性質を得ることもできます。

図3.開発した鉄系超弾性合金の-263℃から200℃における超弾性。比較として、実用合金であるニッケル-チタンの挙動を示した。

図3.開発した鉄系超弾性合金の-263℃から200℃における超弾性。比較として、実用合金であるニッケル-チタンの挙動を示した。

図4. 開発した鉄系超弾性合金、実用化されているニッケル-チタン超弾性合金の利用温度範囲の比較。応力変化が50MPa以内となる温度範囲を示した。図の上部は地球、月、火星の温度範囲。(写真:http://solarsystem.nasa.gov/resources/925/solar-system-and-beyond-poster-set)

図4. 開発した鉄系超弾性合金、実用化されているニッケル-チタン超弾性合金の利用温度範囲の比較。応力変化が50MPa以内となる温度範囲を示した。図の上部は地球、月、火星の温度範囲。
(写真:http://solarsystem.nasa.gov/resources/925/solar-system-and-beyond-poster-set)

今後の展望

強度の温度依存性が極めて小さい性質は、多くの温度変化に曝される環境での超弾性合金の利用において大きな利点です。特に鉄系超弾性合金の特徴を活かした応用展開の例を紹介します。

今回開発した鉄系超弾性合金は、安価な原料で構成され、大型部材としての利用可能性を有しています。巨大地震により住宅、ビル、高速道路などが大きな振動に曝された際、地震後の残留変形を抑制する制震構造として、近年、超弾性合金を利用する研究が活発化しています。地震による被害を軽減させ、迅速な災害復旧を可能にすることが期待できます。しかし、現実的なコストで実現できる超弾性合金が存在しませんでした。鉄系超弾性合金は、コストの面のみならず、外気温の変化に力学特性が影響を受けにくい点で汎用性が高く、地域や季節による温度変化に利用が制限されません。今後、大型部材化と超弾性の性能評価を行い、建築・土木分野における制震構造への適用を目指します。

また、極低温から200℃までの広い温度範囲で超弾性を発現する合金は、今回の材料が世界初となります。日本、米国などで月・火星や小惑星探査が構想・計画されていますが、鉄系超弾性合金は、温度変化の激しい地球外の環境でも弾性を示す性質を有しており、衝撃吸収材料や振動吸収材料としての利用が考えられます。