【発表のポイント】
- ソフトな陰イオンからなる新しい逆ペロブスカイト化合物の合成
- アルカリ金属イオン電池の固体電解質として期待
- 低エネルギーの回転モードが高速イオン伝導をアシスト
京都大学アイセムス 陰山洋 連携主任研究者(兼 工学研究科教授)、同工学研究科 Cedric Tassel 准教授、高勝寒 博士後期課程二回生、同人間環境学研究科 山本健太郎 特定助教、内本喜晴教授、ファインセラミックスセンター 藤井進 研究員、桑原彰秀 主任研究員、東北大学大学院工学研究科 及川格 助教、高村仁 教授、東京工業大学理学院 藤井孝太郎 助教、八島正知 教授らの研究グループは、ソフトな陰イオンで構成された一連の逆ペロブスカイト化合物を初めて合成することに成功し、アルカリイオン電池の固体電解質として優れた性質を示すことを明らかにしました。低いエネルギーをもつ特異な回転モードが同物質における高速イオン伝導を助けている可能性を理論的に示しました。
安全な次世代型の全固体電池を実現するため熾烈な研究開発が世界中で進められていますが、そのためには優れたイオン伝導をもつ固体電解質が求められています。逆ペロブスカイト構造は、構成元素の6割をアルカリイオンが占めることから、次世代型蓄電池の固体電解質の候補として有望視されていますが、アルカリ金属イオンと陰イオン間の強いクーロン相互作用が、イオン伝導を弱める点が課題でした。本研究では、負電荷をもつ水素(ヒドリド)が高い分極率をもつことに着目し、カルコゲン(X = S、Se、Te)と組み合わせたソフトな陰イオン格子からなる新規な逆ペロブスカイト(Li3HXとNa3HX)の合成に成功し、同物質が高いイオン伝導度を示すことを見出しました。多くのペロブスカイト化合物にみられる構造歪みが本物質では皆無であることがわかりました。この結晶の高い対称性によって、低いエネルギーをもつ局所八面体の回転モードが生じ、アルカリ金属イオン伝導を促進する可能性を理論的に提案しました。今後、欠損制御を利用することで更なるイオン伝導度の向上が期待されます。
本研究成果は、新学術領域研究「複合アニオン化合物の創製と新機能」、戦略的創造研究推進事業CREST「アニオン超空間を活かした無機化合物の創製と機能開拓」の一環として行われ、英国のオンライン科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ(Nature Communications)」誌でロンドン時間1月8日に公開予定です。
一般式ABO3と書かれるペロブスカイト酸化物(A、Bは陽イオン)は、機能性材料として古くから様々な用途で使われています。その代表例としては、強誘電体としてパソコンなどの電子機器に用いられるチタン酸バリウム(BaTiO3)が挙げられます。最近では、酸化物の枠組みを越えたCH3NH3PbI3のような有機無機ハイブリッドのペロブスカイト化合物が発見され、太陽電池への応用研究が進んでいます。一方、ペロブスカイト構造の構成元素の陽イオンと陰イオンの役割を入れ替えた化合物は、逆ペロブスカイト(またはアンチペロブスカイト)と呼ばれ、比較的新しい化合物として注目を集めています。(以下、ペロブスカイトと逆ペロブスカイトをまとめて(逆)ペロブスカイトと表記)一般式はM3BAと書かれ、Mが陽イオン、A、Bは陰イオンです。例えば、Li3OClは、単純な組成と構造を持つという利点に加えて、リチウムイオン(Li+)が構成元素の6割を占めることから、全固体電池の固体電解質として期待されています(図1a)。一般に、リチウムイオンの高速伝導を達成するためには、リチウムイオンと陰イオンの間のクーロン引力を抑えることが重要であることが知られていますが、Li3OClでは、酸化物イオン(O2–)や塩化物イオン(Cl–)の分極率が小さい(あるいは電気陰性度が大きい)ため、リチウムイオンとの強いクーロン相互作用をもってしまうのが問題点でした。
本研究で注目したのは、負の電荷をもつ水素であるヒドリド(H–)です。陰山教授のグループではこれまでもヒドリドに特有の性質である交換活性、軌道対称性や高い圧縮率を利用した機能材料、新反応の開発を行ってきました(2012年、2015年、2017年京都大学よりプレスリリース)。今回は、ヒドリドが電子を2個しかもたないにも関わらず分極率が最大級に大きい(通常は電子数が多くなるほど分極率は大きくなる)という性質に着目し、同じく分極率が大きいカルコゲン(X2– = S2–、Se2–、Te2–)と組み合わせることで、逆ペロブスカイト型構造をもつ一連の新物質Li3HX、Na3HXの合成に成功しました(図1b)。
図1 a 既存の逆ペロブスカイトLi3OCl。b ソフトな陰イオンのみからなるLi3HS(本研究)。 通常の(逆)ペロブスカイトで見られる対称性の低下が、本研究で得られたM3HX (M = Li, Na, X = S, Se, Te)では起こらず高い対称性(立方晶)を保つ。
ここでヒドリドは八面体の中心に、カルコゲンは八面体の隙間に位置しています。よって、ソフトな(分極率の大きい)陰イオン格子の中にアルカリ金属イオンが存在するというイオン伝導体としては理想的な環境を実現することに成功したことになります。実際、同物質が優れたアルカリイオン伝導(例えば、Na2.9H(Se0.9I0.1)において1×10–4 S/cm)をもつことを示しました(図2a)。またイオン拡散の活性化エネルギーが非常に低い(例えば、Na3HSeで0.18 eV)ことを理論計算および実験で示すことに成功しました。
図2 a Na2.9H(Se0.9I0.1)のイオン伝導率のアレニウスプロット。 b 八面体の回転モード。この回転がアルカリ金属イオンの拡散を助けていると考えられる。
特に、ソフトなアニオン格子をもつことに由来してLi3HX、Na3HXには興味深い構造上の特徴がみられることを見出しました。既存の(逆)ペロブスカイト化合物はほとんどの場合、構成元素のイオン半径比に応じて理想的構造(立方晶)から歪んだ低対称な構造をとることが知られていますが、本物質ではイオン半径比の変化が大きいにも関わらず対称性の高い立方晶構造が維持されます。このことによって、リチウムまたはナトリウムからなる八面体が極めて低いエネルギーで回転できることが第一原理計算によりわかりました(図2b)。八面体の回転方向はアルカリ金属イオンの拡散方向と同じであることから、この低エネルギーの回転モードが同物質のイオン伝導を促進しているといえます。つまり、イオンは孤立して運動するのではなく、共奏的に運動することが本系では重要であると考えられます。
本研究で得られた逆ペロブスカイト化合物(Li3HX、Na3HX)は固体電解質として既に有望なイオン伝導性を示していますが、元素置換を進めることにより改善する余地が大いにあるため、EVへの応用を目指した究極のバッテリーにつながる可能性があります。ソフトなアニオンから構成されていることは、成形性がよく、緻密な電解質層が形成可能で、Li金属やNa金属のような電極活物質との良好な界面の形成も容易であることを意味しており、今後の材料開発には大きなメリットになります。既存の(逆)ペロブスカイト化合物は、強誘電体であるチタン酸バリウム(BaTiO3)のように構造の歪みが様々な機能物性の起源となってきましたが、本物質では反対に、高い対称性が保たれることによって、特異な八面体回転モードが生じたことが面白い点です。したがって、ソフトな陰イオン格子はイオン伝導に限らず、熱電材料などで革新的機能が得られる可能性があります。さらに、陰イオンが二つの異なる結晶学的位置をもつ逆ペロブスカイトは、最近、大きく発展しつつある複合アニオン化合物の観点からも興味深い研究対象といえ、多くの新物質が今後開発されることが期待できます。
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業 新学術領域研究「複合アニオン化合物の創製と新機能」(https://www.mixed-anion.jp/)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CREST「アニオン超空間を活かした無機化合物の創製と機能開拓」の一環として行われました。
Title: Hydride-based antiperovskites with soft anionic sublattices as fast alkali ionic conductors
(参考訳:陰イオン格子をもつ水素化物アンチペロブスカイトによる高速アルカリイオン伝導)
著者: Shenghan Gao, Thibault Broux, Susumu Fujii, Cédric Tassel, Kentaro Yamamoto, Yao Xiao, Itaru Oikawa, Hitoshi Takamura, Hiroki Ubukata, Yuki Watanabe, Kotaro Fujii, Masatomo Yashima, Akihide Kuwabara, Yoshiharu Uchimoto and Hiroshi Kageyama
雑誌名: Nature Communications
DOI: 10.1038/s41467-020-20370-2
URL: https://www.doi.org/10.1038/s41467-020-20370-2
陰山洋 教授(京都大学アイセムス(兼 工学研究科))
研究総括
高勝寒 博士課程二回生、Cedric Tassel 准教授(京都大学工学研究科)
合成、試料同定
山本健太郎 特定助教、内本喜晴 教授(京都大学人間環境学研究科)
イオン伝導度測定
藤井進 研究員、桑原彰秀 主任研究員(ファインセラミックスセンター)
第一原理計算
及川格 助教、高村仁 教授(東北大学大学院工学研究科)
核磁気共鳴測定
藤井孝太郎 助教、八島正知 教授(東京工業大学理学院)
中性子回折測定
リンク先:
東北大学
東北大学 工学研究科・工学部