【発表のポイント】
- 蚕の餌を工夫し、植物ナノファイバーと蚕糸からなる環境に優しい複合糸の創製に成功
- 特殊な装置を使用せずにナノファイバーを一方向に配列させ、蚕糸の縦弾性係数、引張強さを約2倍に
- 糸は自然に還る天然由来の成分だけで構成
植物由来のセルロースナノファイバー(CNF)が新素材として注目され、強化材としての利用が検討されています。しかし、CNFを樹脂などに均一に分散させることは困難で、補強効果を得るためにCNF強化複合材料の作製方法や特性評価技術の開発が進められています。東北大学大学院環境科学研究科(工学部材料科学総合学科)の成田史生教授と栗田大樹助教の研究グループは、特殊な装置を使用せず、植物繊維をナノレベルに解繊したCNFと蚕糸からなる複合糸の創製に成功しました。
今回創製した複合糸は、蚕を利用し、内部にCNFを一方向に配列させたものです。この複合構造によって、蚕糸単独の場合よりも2倍以上の縦弾性係数注1が得られ、引張強さや比強度注2も同様に増大しました。また、株式会社島津製作所の協力による顕微鏡観察で、強化メカニズムが明らかとなりました。
この蚕糸は、植物繊維と動物繊維を複合させた天然繊維で、環境に優しい複合材料(グリーンコンポジット)の強化材として期待されます。
本論文は、学術雑誌 Materials & Design (2021年2月1日付けオンライン掲載)に発表されました。
図:セルロースナノファイバー強化蚕糸の引張試験と将来展望
今回創製した蚕糸は、市販されている餌にセルロースナノファイバー(CNF)を混ぜ、蚕(図1(a))に食べさせただけで容易に得られることが特徴です。また、植物由来のナノファイバーであるCNFを一方向に揃えて材料を強化する技術は依然として確立しておらず、それを達成させるために草食動物である蚕を利用した点も特徴の一つです。さらに、株式会社島津製作所の協力を得て、走査型プローブ顕微鏡注3でCNFの配向方向と分散状態を観察できた点は極めて画期的です。
図1.CNF入りの餌を食べた蚕の繭から採取した糸の引張試験
今回、CNFの重量含有率注4を5%、10%と変化させて餌を作り、CNFを5%含む餌を食べた蚕の繭(図1 (b)の中央)から採取した糸の引張試験(図1(c))を行った結果(図2(a))、2倍以上の縦弾性係数(図2(b))を示し、引張強さ(図2(c))や比強度も増大しました。また,一方向にCNFが配列していることも確認(図3)でき,CNF添加による蚕糸の機械的性質向上の根拠が明らかとなりました。
図2.引張試験の結果
図3.蚕糸表面の走査型プローブ顕微鏡観察結果
絹糸は蚕の体内にある左右一対の絹糸腺と呼ばれる器官で生成され、1本の絹糸の内部は、70%を占めるフィブロインという2本の多孔質繊維状のタンパク質とその周囲に存在する約30%を占めるセリシン(絹膠)で構成されております。今回の引張試験では、フィブロインとセリシンとを分離せずに行って縦弾性係数や引張強さを計測しましたが、それでも良好な結果が得られました。
これまで困難だったCNFの一方向配列が蚕複合糸で達成できたため、この蚕複合糸と植物由来の樹脂を用いて一方向CNFグリーンコンポジットの開発が期待されます。今後、CNFを餌として蚕を育て、複合糸を大量生産することで、用途がさらに広がり、絹糸業界の活性化も期待されます。
なお、今回の研究成果の一部は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 挑戦的研究(開拓)の支援を受けて得られたものです。
タイトル: Nanocellulose Reinforced Silkworm Silk Fibers for Application to Biodegradable Polymers
著者名: Chen Wu, Satoshi Egawa, Teruyoshi Kanno, Hiroki Kurita, Zhenjin Wang, Eiji Iida and Fumio Narita
雑誌名: Materials & Design 2021年2月1日 オンライン掲載
DOI: https://doi.org/10.1016/j.matdes.2021.109537
注1 縦弾性係数:
一様な太さの棒を引き伸ばし、縦軸に単位面積当たりの力を、横軸に単位長さ当たりの伸びをプロットした時に描かれる曲線の初期の傾き(比例定数)で、ヤング率ともいう
注2 比強度:
引張強さを密度で割った値。この値が大きい材料ほど、軽くて強い
注3 走査型プローブ顕微鏡:
先端が尖った針で物質の表面をなぞるように動かし、表面の状態を観察する顕微鏡
注4 重量含有率:
複合材料に含まれる強化繊維の重さの割合
リンク先:
東北大学