発表のポイント
- 2次元層状物質注1が秩序性とランダム性を併せ持つ結晶状態を示すことを発見
- 大面積な2次元層状物質の作製手法に新たな知見
2次元層状物質は、次世代の電子デバイス材料として多くの注目を集めています。東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻の畑山祥吾学術研究員、須藤祐司教授らは、国立研究開発法人産業技術総合研究所デバイス技術研究部門の齊藤雄太主任研究員らのグループと共同で、2次元層状物質の一つとして知られるCr2Ge2Te6薄膜が、原子配列の長距離秩序とランダム性を同時に発現する特殊な結晶状態を示すことを突き止めました。この新しい結晶状態は、原子配列がランダムなアモルファス状態から規則正しい原子配列を持つ結晶状態へと変化する過程で出現しますが、ファンデルワールスギャップ注2で区切られた各層は薄膜面に平行かつ規則正しく形成される一方で、各層内ではランダムな原子配列をとることが分かりました。高品質かつ大面積な2次元層状物質の作製手段として、アモルファス状態から結晶化させる手法の開発が期待されており、本研究の成果は2次元層状物質の産業化にも重要な知見となります。
本成果は、2021年3月8日(月)に英国科学誌Scientific Reportsのオンライン版で公開されました。
図 本研究で見出した結晶状態の模式図(左)。安定相(右)の原子配列は規則的かつ長距離秩序が有る一方で、発見された結晶状態はz軸方向には層状の長距離秩序を有するものの、層内(x-y面内)では原子配列が局所的にランダムになっている。(XRD:X-ray diffraction,EXAFS:Extended x-ray absorption fine structure
2次元層状物質は2次元的に強く化学結合(共有結合)した原子層が、弱く化学結合(ファンデルワールス結合)することで層状の構造を形成します。代表的な2次元層状物質としてMoTe2やMoS2注3などが盛んに研究されており、これらの物質の多くは単原子層でも安定に存在できるため2次元物質とも呼ばれます。このような特徴から2次元層状物質を用いることで原子層スケールの電子デバイスが実現可能であり、既存のデバイスを凌駕する超微細電子デバイスへの応用が期待されています。
2次元層状物質は究極の微細電子デバイス材料として、今日では世界中で広く研究されています。数原子層や単原子層の2次元層状物質を得るために、所望の2次元層状物質からなるバルク単結晶を、スコッチテープなどにより機械的に剥離することで比較的簡便に得る事ができ、その電気物性などの評価が可能です。但し、そのような機械的剥離法は大面積化には不向きであり、実用的な作製手法とは言えません。それ故、化学気相蒸着法や原子層堆積法による2次元層状物質の作製が研究開発されています。一方で、最近、所望の2次元層状物質の組成を有するアモルファス状態を物理蒸着法により作製し、それに熱処理を施して結晶化させることで規則的に配列した2次元層状物質を作製する手法が注目を集めています。3次元的でランダムなアモルファス状態から2次元的な原子配列を持つ層状物質への結晶化は、結合の次元を大きく変化させるにも関わらず高速で進行することが知られています。但し、これまで行われてきた先行研究の殆どは、作製された2次元層状物質の結晶状態に焦点を当てたものであり、出発点であるアモルファス状態に関する知見や、その結合の次元が変化するメカニズムは明らかになっていませんでした。
以上の背景の下、畑山祥吾学術研究員、須藤祐司教授らをはじめとする研究グループは、強磁性半導体や次世代の相変化メモリ材料としても注目されている2次元層状物質:Cr2Ge2Te6について、そのアモルファス状態から結晶状態への変化に伴う化学結合形態の変化を詳細に調査しました。X線回折(XRD)注4の結果から、アモルファス状態のCr2Ge2Te6薄膜を290℃以上に加熱することで、原子層に平行な面に由来したブラッグ反射が得られ、原子層は長距離的な秩序を有して配列している事が分かりました(図1)。一方、広域X線吸収微細構造(EXAFS)注5法を用いてTe原子を中心とした原子間距離の分布を評価したところ、330℃以上に加熱する事により規則的かつ長距離秩序を持つ原子配列をとるのに対して、290℃までの加熱では寧ろアモルファス状態と似通った原子配列、つまりランダムな原子配列をとることが明らかになりました。
この結晶状態について、第一原理計算を基に調査したところ、Cr、Ge、Te原子が、理想的な結晶状態の原子配列から原子層面内で0.15Åだけランダムにずれた構造とほぼ一致することを突き止めました(図1右図)。即ち、アモルファス状態から結晶状態に変化した直後のCr2Ge2Te6は、図2左図のような「疑似層状構造」を示し、原子配列の長距離秩序とランダム性を同時に発現する新しい結晶状態であることが分かりました。
本研究で得られた結果は、アモルファス状態と結晶状態それぞれの特徴を部分的に併せ持つ「疑似層状構造」の存在が3次元から2次元へのスムーズな化学結合状態変化を促し、高品質な2次元層状結晶への変化を可能にしていることを示しており、他の2次元層状物質における結晶作製プロセスの理解にも大いに役立つと期待できます。また、この疑似層状構造を介した相変化は極めて高速(nsオーダー)で生じるため、2次元物質作製プロセスの短縮にもつながる産業応用上においても極めて重要な知見となります。
今後は得られた知見を基に、高品質な2次元層状物質の大面積作製およびその電子デバイス作製に取り組む計画です。
図1 Te原子を中心とした原子間距離の分布(赤線)およびXRDパターン(青線)。左図は実験、右図は計算およびシミュレーションによって得られた結果を示している。
図2 本研究で見出した結晶状態の模式図(左)。安定相(右)の原子配置は規則的かつ長距離秩序が有る一方で、発見された結晶状態はz軸方向に長距離秩序を有するものの原子配置はx-y面内でランダムになっている。
本研究は、JSPS科研費(17J02967、18H02053、19H02619)、二国間交流事業(日露)( JPJSBP120204815、RFBR 20-52-50012)並びに東北大学学際高等研究教育院の助成を受け遂行されました。また、EXAFSの測定はSPring-8のBL01B1にて実施されました(課題番号:2017A1383)。測定に際して伊奈稔哲博士に技術支援を賜りました。心より感謝申し上げます。
タイトル: Dimensional transformation of chemical bonding during crystallization in the layered chalcogenide material
著者: Yuta Saito*, Shogo Hatayama*, Yi Shuang, Paul Fons, Alexander V. Kolobov, and Yuji Sutou (*These authors contributed equally.)
掲載誌: Scientific Reports
URL: https://www.nature.com/articles/s41598-020-80301-5
注1 2次元層状物質
原子間の結合は層内で閉じているが、それら層間は弱いファンデルワールス力で結合している結晶構造を持つ物質。
注2 ファンデルワールスギャップ
2次元層状物質において、弱いファンデルワールス力で結合している層と層の間隙。
注3 MoTe2,MoS2
遷移金属(Mo)を含んだ2次元層状物質であり、電気的・光学的な特性が異なる複数の結晶構造を示すことが知られています。また、単層および数層に剥離しても安定に存在することが出来るため、極めて微細な電子デバイスを実現する次世代材料として期待されています。
注4 XRD
X線回折法(XRD: X-Ray Diffraction)。材料にX線を入射したとき、周囲に並んだ原子から散乱され、干渉することで起こる回折現象を利用した分析手法。物質の結晶構造を評価する代表的な方法であり、原子が長い範囲にわたって規則正しく並んでいる試料の分析が得意。
注5 EXAFS
X線吸収微細構造(EXAFS: Extended X-ray Absorption Fine Structure)と呼ばれるX線吸収スペクトルの中でも高エネルギー領域に見られる構造。物質内におけるオングストローム(Å)スケールの局所構造分析が可能であり、原子の短い距離での構造分析が得意。
リンク先:
東北大学
東北大学 工学研究科・工学部