【発表のポイント】
- 電極触媒反応メカニズムを原子レベルで検討するための実験プラットフォームを構築しました。
- 燃料電池用白金-ハイエントロピー合金(注1)の酸素還元反応(注2)を表面原子レベル構造の観点から解明しました。
- 白金 -ハイエントロピー合金の酸素還元反応特性は白金- コバルト合金に対して飛躍的に向上させることに成功しました。
- 燃料電池自動車用高性能触媒の設計・開発指針を原子レベルで提示した成果です。
燃料電池用触媒には白金とコバルトなどの遷移金属とを合金化した触媒が実用化されおり、活性の面で白金に比べて高い特性を示しますが、安定した特性を持続する耐久性の観点から問題があります。そのため合金触媒の活性と耐久性を両立するための研究開発が精力的に行われています。
東北大学大学院環境科学研究科環境材料表面科学分野の和田山智正教授と千田祥大大学院生らは、活性と耐久性を両立する物質として5元素種が混合したハイエントロピー合金(High Entropy Alloy; HEA)を白金と合金化させた白金-ハイエントロピー合金(Pt-HEA)に注目しました。触媒反応が進行する合金最表面構造と構成元素種の分布を制御したモデル触媒を作製し、Pt-HEA表面が高い活性と耐久性を両立することを明らかにしました。
この研究成果は、産業技術総合研究所電池技術研究部門の田口昇主任研究員、五百蔵勉研究グループ長との共同研究により得られたもので、燃料電池自動車用高性能触媒の新規な材料系としてPt-HEAの将来性を期待させるとともに、実触媒開発をする上で重要な表面設計指針を原子レベルで提示したものです。
本研究成果は7月26日、科学誌 Nature Communications 誌にオンライン掲載されました。
燃料電池自動車(FCV)の動力源や定置用電源などの応用に向けて固体高分子形燃料電池(PEFC)の開発が国を挙げて進められています。PEFCでは、正極で酸素還元反応(ORR)が進行しますが、その反応速度はきわめて遅く、触媒として希少かつ高価な白金(Pt)を多量に必要としています。現在、白金使用量削減へ向け、Ptとコバルト(Co)など遷移金属合金ナノ粒子が実用されています。このPt-Co合金触媒は高価な白金の使用量を削減するとともに、Ptよりも高い触媒活性を示すことを特長としますが、燃料電池発電時の強酸性で電位変動が激しい環境では、Coが酸化溶出し失活してしまうため、その耐久性を向上させた新たなPEFC用ORR触媒材料を開発することが国内・外を通じて求められています。
研究グループでは、超高真空(10-8 Pa 以下の圧力の空間)という極めて清浄な環境下で表面構造が原子レベルで制御されたモデル触媒を作製し、その燃料電池触媒特性を評価する実験手法を独自開発しており、これまで触媒表面の原子構造が特性に及ぼす影響を明らかにしてきました。ハイエントロピー合金(HEA)、と呼ばれる多元系合金は高温機械特性や化学的安定性が高いことが特長で、PtとHEAを組み合わせる(Pt-HEA)ことで、触媒の高耐久化が期待できます。Pt-HEAをPEFC用ORR触媒として実用化するためには、合金表面の原子構造や多数の構成元素の分布を最適化することが必要です。
このような研究開発の現状において、研究グループはアークプラズマ蒸着法(注3)と呼ばれる真空蒸着法の一種を用いて、Pt-HEAの表面近傍の構成元素分布や最表面原子構造を原子レベルで制御したモデル触媒表面を作製し、表面ミクロ構造がORR特性(活性、耐久性)に及ぼす影響を調査、ORR特性向上メカニズムを解明するHEA電極触媒の実験研究プラットフォームを構築しました。このプラットフォームを用いて作製・評価したPt-HEA(Cr-Mn-Fe-Co-Ni)/Pt(hkl)(hkl = 111, 110, 100; 表面原子配列の規則性)単結晶表面の表面ミクロ構造とORR特性との関係性を検討した結果、Pt-HEA合金が従来のPt-Co合金を凌駕するORR特性を示すことを実験的に明らかにしました。
図1.Pt-HEA/Pt(111) 表面の断面顕微鏡像と各構成元素の分布。
図1 に示したPt(111)単結晶基板に10原子層厚相当のHEA、4原子層厚相当のPtの順で堆積したPt-HEA/Pt(111)試料の断面電子顕微鏡(HAADF-STEM)像と各構成元素の分布(EDS-mapping像から、表面Pt層下にHEA構成元素が概ね均一に分布した積層構造が得られたことが確認できており、研究を進めるための前提となる実験研究プラットフォームを構築することに成功しました。
図2.(a)Pt-HEA/Pt(111,110,100)(青)とPt-Co/Pt(111,110,100)(赤)の耐久試験結果と、(b)Pt-HEA/Pt(111,110,100)の初期構造・劣化後の断面構造比較(水・ピンク線は試料深さ方向のPt 分布量の推移)。
図2からPt-HEA/Pt(111)の初期活性はPt-Co/Pt(111)と同等であるのに対して、加速劣化試験後は30%以上高い活性を維持していることがわかります。さらにPt-HEA/Pt(110)、(100)では、初期ORR活性が対Pt-Co/Pt(110)および(100)と比べて大幅に高く、劣化後でも2~3倍高い活性を維持しています。劣化試験前後の断面電子顕微鏡像と深さ方向のPtの元素分布から、Pt-HEA/Pt(hkl)試料では疑似的なコアシェル構造の形成が確認でき、これはPt-Co(hkl)には見られないPt-HEA固有の現象で、耐久性が向上する直接の原因であると考えられます。
以上より、Pt合金触媒の高活性・高耐久化手法として、合金化元素数を増加し高エントロピー化することは有効な手法であることを明らかにしました。
本研究は、燃料電池コアシェル触媒材料としてPtとHEAとを組み合わせて、その特性がPt-Co合金に比較して大幅に向上すること、さらにその触媒特性向上メカニズムを原子レベルで議論・解明した初めての成果です。今後、本研究成果を活かし、さらに触媒の原子・ナノ構造を精緻に制御することにより、高性能の自動車用燃料電池触媒開発が加速されることが期待されます。
本研究は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDONEDO)の「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業/共通課題解決型基盤技術開発/高温低加湿作動を目指した革新的低白金化技術開発」における「酸化物ミクロ構造制御による高温対応モデル触媒開発」(サブテーマ代表教授和田山智正)、科研費「ハイエントロピー合金の触媒反応機構解明に向けた実験的プラットフォーム構築」(課題番号JP23KJ0111JP23KJ0111)およびJST次世代研究者挑戦的研究プログラム「材料科学的表面組織制御を用いたハイエントロピー合金触媒モデル構築に基づく次世代電極触媒開発」(課題番号JPMJSP2114JPMJSP2114)(代表 日本学術振興会特別研究員 千田祥大)の一環として行われました。
5種類以上の元素を等濃度に近い割合で混合した合金。構成元素がランダムに分布した状態で安定化し、従来の合金には見られない特異で優れた力学特性や機能特性を示す。
注2. 酸素還元反応(ORR; Oxygen Reduction Reaction)固体高分子形燃料電池(PEFC)の正極で進行する化学反応。O2 + 4H+ + 4e- → 2H2Oの反応式で表される。負極で起こる水素酸化反応に対し反応速度が著しく遅くPEFC全体の律速段階であり、負極に対し多量の白金を触媒として必要とする。
注3. アークプラズマ蒸着法所定の材料をカソードとし、周縁に配置したアノード管との間で真空放電しアークプラズマを発生させることによりカソード材料を所定の基板上に蒸着する方法。本研究では白金およびハイエントロピー合金の堆積に使用。
リンク先:
東北大学